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      <title>リンダリンダ</title>
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      <description>心地いい曲調に乗って♪</description>
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         <title>ロックンロールの名付け親　11</title>
         <description>「ロックンロール」という耳慣れない新語を使ってはいたものの、実際にかける曲は黒人のR&amp;Bばかり。

おかげでフリードは&quot;ニガー・ラヴァー&quot;などと呼ばれ、白人の良識派からかなりの反発を受けたらしいです。

しかし、前述したように若い白人リスナーは彼を熱狂的に支持。

フリードのスタイルをあからさまに真似た白人DJも続々登場した。のちにエルヴィス・プレスリーのデビュー・シングルをはじめてオンエアしたDJとして名を残すことになるメンフィスのデューイ・フイリップスをはじめ、ロサンゼルスのハンター・バンコック、ナッシュヴィルのジーン・ノーブルズ、ニューオリンズのポッパ・ストッパ、そしてテキサス/メキシコ国境付近の海賊放送局で人気を博していた&quot;ウルフマン・ジャック&quot;ことボブ・スミスなどなど・・・。

ロックンロールという新たな呼び名を与えられた黒人のR&amp;Bは、彼らのエネルギッシュな語りとともに全米の白人の若者へと広まっていきました。

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         <pubDate>Fri, 20 Aug 2010 16:26:28 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　10</title>
         <description>古くから黒人の社会内で育まれてきたブルースを最新のエレクトリック技術でアンプリファイズした音楽とは、リズム&amp;ブルース。

けれども、それはほとんど黒人のコミュニティの中だけで流通するのみにとどまっていました。

アラン・フリードがレコード店で見かけた白人の若者たちは確かにこうしたR&amp;Bに耳を傾けていましたが、それもまだまだ一部。

ビートをもう一度音楽シーンの最前線に取り戻し、欲求不満を覚える若者たちを巻き込むためには、黒人社会の中でとどまっていた素晴らしい鉱脈を、全米に向けて掘り起こす存在が必要でした。

その役割を、意識的にか、あるいは無意識のうちにか、買って出たのがアラン・フリード。

もちろん、フリードがR&amp;Bをラジオでオンエアした最初のDJというわけじゃないです。

フリード以前にもR&amp;BをかけるDJはたくさんいました。

シュリーヴポートのプロフェッサー・パップ、アトランタのジョッキー・ジャック・ギブソン、バーミンガムのシュガー・ダディなどなど。

彼らはすでにR&amp;Bをオンエアする番組を各地で担当していました。

が、彼らはすべて黒人DJ。聴衆も黒人。

プリードは白人のDJとして白人のリスナーに向けてR&amp;Bをかけまくった最初の男なんです。

ここに大きな功績があります。
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         <pubDate>Tue, 10 Aug 2010 16:24:26 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　9</title>
         <description>踊るためのブギウギ・ピアノが時代遅れとなり、新しいジャズμビ・パップの時代が到来するとともに、バンドの中からステディなビートを刻む楽器が姿を消しました。

ビートをキープしているのは、シンバルを軽く叩きつづけるドラマーの左手のみ。

それまでは確実に一小節に四つのビートを打ち出していたべース・ドラムなど、時折、ソロ楽器に呼応してアクセント的に叩かれるだけだったし、豊かな低音部を補強していたピアニストの左手も、もはや着実なべース・ランニングを聞かせることはなくなっていました。

しかし、誰もが身体で音楽を聞くことを忘れたわけじゃなかったんです。

ミュージシャンたちが高度な欲求を満たすためどんどん頭でっかちになっていく一方で、頭でではなく、あくまでも身体で音楽を聞きたい、ビートを感じたいと願う若者たちは当然欲求不満を覚えていました。

もちろん同時に、アメリカの中にはまだまだビートを忘れることのない、よりプリミティヴなダンスこミュージックが根強く生きつづけていました。

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         <pubDate>Tue, 20 Jul 2010 16:22:32 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　8</title>
         <description>余談になりますが、ロックンロールの爆発と密接な関わりをもつ映画『暴力教室』の原作となった小説を書いたエヴァン・ハンターの著書に『黄金の街』というのがあります。

主人公はニューヨークに暮らす盲目のイタリア系少年。

ジャズ・ピアニストを目指して、40年代の半ば、ジャズの&quot;黄金のストリート&quot;として知られるニューヨーク52丁目のクラブへと赴き、野望に燃えながら他のミュージシャンと初セッションを行なうというシーンがありました。

少年が抜群のテクニックを駆使して、左手による強烈なべース・ランニングを伴ったブギウギ・ピアノを得意げに聞かせた直後、共演したプレイヤーたちは苦笑いを浮かべながらこう言います。

「坊や、もう世界は変わったのさ。今じゃそんな左手のプレイをしてるやつはダサイんだぜ。バド・パウエルを聞きな」

記憶があいまいで、一字一句この通りではないですが、だいたいそんな趣旨の言葉でした。

とても印象的なシーンだったので覚えています。
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         <pubDate>Sat, 10 Jul 2010 16:20:25 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　7</title>
         <description>少々話は前後しますが・・

マーチの王様として知られるスーザが残した言葉に、「人々が頭ではなく足を通して聞く限り、ジャズは生き残っていく」というような主旨のものがあるそうです。

そう、ロックンロール以前の音楽シーンの中心をになっていたジャズにしても、もともとは身体で楽しむための音楽、ダンスこミュージックでした。

ニューオリンズ周辺で爆発したホンキー・トンクにせよ、フォー・ビートを基調にしたビッグ・バンド・スウィングにせよ。

だからこそ、広く人々に愛されていきました。

けれども、1945年、第二次大戦が終わるころから、ジャズは徐々に複雑なものへと変わっていきます。

バド・パウエル、チャーリー・パーカー、デイジー・ガレスピーといった意識的なジャズ・ミュージシャンたちが革新的な方法論を提示したのをキッカケに、ジャズには複雑なハーモニーや、難解なパッセージが必要不可欠なものになり始めました。

ビー・パップ、あるいはクール。

ジャズにそうした方法論が取り込まれたときから、踊るための音楽から、耳で、頭で聞くための音楽へとジャズは変質します。
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         <pubDate>Sun, 20 Jun 2010 16:18:06 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　6</title>
         <description>ある日、その番組のスポンサーである地元一の大レコード店を訪れたフリードは、白人のティーンエイジャーたちが黒人のリズム&amp;ブルース(R&amp;B)のレコードを買っている光景を目撃します。

それをキッカケに自分の番組でより多くのR&amp;Bをかける決心をし、1952年、番組タイトルを『ザ・ムーンドッグ・ロックンロール・ハウス・パーティ』と変更。

&quot;リズム&amp;ブルース&quot;とうたわずに、わざわざ&quot;ロックンロール&quot;という新語を考案したのは、なんと、フリードの迷いが原因だったといいます。

自分の番組で黒人のレコードをかけることが果たして白人マーケットから好意的に受けとめてもらえるかどうか、フリードも最初のうちは自信が持てなかったようです。

そこで、当時アメリカ中のラジオ局からはじけだそうとしていた新しい音楽を、とりあえず「ロックンロール」と呼ぶことにしました。

が、やがて、その迷いも取り越し苦労だったことがわかります。

若い白人リスナーからの反応も良好。

ブリードの迷いから誕生した「ロックンロール」という言葉が、このときから一人歩きを始めます。
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         <pubDate>Thu, 10 Jun 2010 16:16:23 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　5</title>
         <description>「ロック」と「ロール」という二つの単語を、ある種意図的に、躍動的に結び付け、このティーンエイジャーのための新しいティーンエイジ・ミュージックを有名にした最大の功労者は、白人のデイスク・ジョッキー、アラン・フリードです。

1922年12月15日、ペンシルヴァニア州ジョンズタウン生まれのオハイオ州セーラム育ち。

子供のころからトロンボーンを吹いていたため、最初の夢はビッグ・バンドのリーダーになることだったそうです。

しかし戦争によって耳を悪くしてしまい、ミュージシャンへの道をあきらめ、次なる夢、ラジオのディスク・ジョッキーを目指します。

50年代にペンシルヴァニア州ニューキャッスルの放送局でオーソドックスなスタイルのDJとしてキャリアをスタート。

やがて1951年、クリーヴランドの放送局、WJW局で『レコード・ランデヴー』という番組を担当するようになりました。

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         <pubDate>Thu, 20 May 2010 15:12:10 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　4</title>
         <description>他にも、アーサー・&quot;ビッグ・ボーイ&quot;・クルダップによる1944年の「ロック・ミー・ママ」、ワイルド・ビル・ムーアによる1947年の「ウィア・ゴナ・ロック、ウィア・ゴナ・ロール」、リル・サン・ジャクソンによる1950年の「ロッキン・アンド・ローリン」などなど。

その他、タイトルにはなっていないものの、ザ・ドミノズが1950年に出した「シックスティ・ミニット・マン」の中には・・・

”I rock&apos;em, roll&apos;em, all night long”

という歌詞が出てくるし、1952年に出た「オール・ナイト・ロング」の中でブルースの巨人、マディ・ウォーターズは、

”Rock me baby, rock me all night long ... Roll me baby, roll your wagon wheel ”

と歌っています。

さらに、ロックンロール・ブームの起爆剤のひとつとなった「ロック・アラウンド・ザ・クロック」で知られるビル・ヘイリーは、1952年に自作した「ロック・ア・ビーティン・ブギー」の中で、こうシャウトしてます。

”Rock, rock, everybody, Roll, roll ,roll, everybody”

例には事欠かないですね。

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         <pubDate>Mon, 10 May 2010 15:05:37 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　3</title>
         <description>しかし、それにしても、まだロッキング・アンド・リーリング。

ロックンロールではありません。

「ロック」と「ロール」。

この二つの単語が「&amp;」でつながれない形で歌われるようになったのは、たぶん1930年代後半に入ってからのことと言われています。

もともとこの二つの言葉は「楽しい時を過ごす」、「パーティをやる」という意味の黒人スラング。

「セックスをする」というニュアンスも含まれているらしいですね。

1939年にバディ・ジョーンズがレコーディングした「ロッキン・ローリン・ママ」あたりが好例です。

その曲でジョーンズは

”I love the way you rock and roll ！ ”

と歌っています。
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         <pubDate>Tue, 20 Apr 2010 15:02:22 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親　2</title>
         <description>リズムをぐっと強調し、リーダーの強烈なシャウトとそれに応えるコーラス隊とのリズミックなやりとり(コール&amp;レスポンス)をフィーチャーしたこの音楽。

これが、「サンクティファイド・ゴスペル」とか「ロッキング・アンド・リーリング」などと呼ばれるようになったらしいです。

そんなロッキング・アンド・リーリング・ソングを1929年、パラマウント・レコードに録音したことで有名なミシシッピ出身のグループが、ザ・グレイヴズ・ブラザーズ。

彼らが30年代に残したいくつかのブルース・レコードを聞いてみると、そこにははっきりとのちのロックンロール・ギターに通じるリフやリズム・パターンが記録されています。
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         <pubDate>Sat, 10 Apr 2010 15:00:38 +0900</pubDate>
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         <title>ロックンロールの名付け親</title>
         <description>今では当たり前のものになってしまっている&quot;ロックンロール&quot;という言葉はいったいいつごろ、誰のアイデアから誕生したものなのか？

突然ですが、その辺のことを考えていきたいと思います。

1920年代、アメリカ南部のミシシッピ周辺に「ロッキング・アンド・リーリング」と呼ばれるタイプの音楽が広まっていたそうです。

もともと黒人の集まる教会などでは、古いスタイルの、黒人らしさを抑圧したおとなしいスピリチュアルこミュージック(宗教音楽)が一般的でした。

そのころまでは教会で使える楽器といえばピアノかオルガン。

他の楽器は持ち込みを禁止されていましたが、こうした制限が徐々に緩和され、次第にギターやドラム、フィドル、ホーン楽器が教会で使われるようになっていきます。

それとともに、より俗世間的で、狸雑で、ストレートに黒人ならではの感覚を表面化させた教会音楽が生まれました。

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         <pubDate>Mon, 01 Mar 2010 14:57:47 +0900</pubDate>
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         <title>『TRAIN-TRAIN』</title>
         <description><![CDATA[TRAIN-TRAINは、ブルハ3枚目のアルバムです。

2007年に、「アナログジャケット完全復刻！」として年内限定発売されましたね。

<img alt="Train-Train.jpg" src="http://place-du-marche.net/images/Train-Train.jpg" width="130" height="130" />

前作までのパンク中心からブルース、フォーク、カントリー等のルーツ・ミュージックを反映させた多彩な楽曲群が魅力です！

また、このアルバムには様々なゲスト・ミュージシャンが参加しています。

≪曲目リスト≫

1. Train-Train 
2. メリーゴーランド 	
3. 電光石火 	
4. ミサイル 	
5. 僕の右手 	
6. 無言電話のブルース 	
7. 風船爆弾(バンバンバン) 	
8. ラブレター 	
9. ながれもの 	
10. ブルースをけとばせ 	
11. 青空 	
12. お前を離さない 	

]]></description>
         <link>http://place-du-marche.net/2010/02/traintrain_1.html</link>
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         <pubDate>Thu, 18 Feb 2010 14:10:25 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>『YOUNG AND PRETTY』</title>
         <description><![CDATA[YOUNG AND PRETTYは、1987年に発売されたTHE BLUE HEARTSの2枚目のアルバムです。

<img alt="young_a_pretty.jpg" src="http://place-du-marche.net/images/young_a_pretty.jpg" width="200"/>

収録曲の約半分は、アマチュア時代からの曲です。

前作との違いは、①プロデューサーに佐久間正英を起用。②マーシーがメインボーカルを務める曲が初収録。③ヒロトのブルースハープの使用曲が多い。④キーボードの導入。

収録曲は以下の通りです。

1. キスしてほしい(トゥー・トゥー・トゥー) 
2. ロクデナシ2(ギター弾きに部屋は無し) 	
3. スクラップ 	
4. ロクデナシ 	
5. ロマンチック 	
6. ラインを越えて 	
7. チューインガムをかみながら 
8. 遠くまで
9. 星をください 	
10. レストラン 	
11. 英雄にあこがれて 	
12. チェインギャング 

]]></description>
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         <pubDate>Mon, 18 Jan 2010 14:48:33 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>『THE BLUE HEARTS』</title>
         <description><![CDATA[<img alt="theblue.jpg" src="http://place-du-marche.net/images/theblue.jpg" width="200"/>

「THE BLUE HEARTS」は1stアルバムです。

2007年に、「アナログジャケット完全復刻！」として年内限定発売されました。

セルフ・プロデュース、セルフタイトルの1枚目は、オリジナルアルバムの中で最も勢いがあると言われています。
全部ほんとに名曲ですよね！何年たっても聴いてます。

このアルバムに収録されている曲の半分以上が、後に発売されるベストアルバムに収録されているほどです。 ちなみに今作では「人にやさしく」は収録されていません。

＜収録曲＞
1. 未来は僕等の手の中 
2. 終らない歌 	
3. ノー・ノー・ノー 
4. パンク・ロック 	
5. 街
6. 少年の詩 	
7. 爆弾が落っこちる時 	
8. 世界のまん中 	
9. 裸の王様 	
10. ダンス・ナンバー 	
11. 君のため 	
12. リンダリンダ 
]]></description>
         <link>http://place-du-marche.net/2009/12/the_blue_hearts.html</link>
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         <pubDate>Wed, 30 Dec 2009 12:02:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>梶原徹也 </title>
         <description><![CDATA[梶原徹也 （かじわら てつや） は ドラム担当です。

<img alt="blue.jpg" src="http://place-du-marche.net/images/blue.jpg" width="200" height="200" />

愛称は「梶君」。
元々はブルーハーツのファンで、ライブのモギリなどをやっていました！が、ドラム脱退を知ってヒロトの自宅にしつこく電話。そしてオーディションを受けさせてもらい、86年4月に正式メンバーとなる…というすごいエピソードの持ち主です。

モヒカンヘアーが特徴でしたが、後期には長髪にして結んでいました。 

]]></description>
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         <pubDate>Fri, 06 Nov 2009 11:46:37 +0900</pubDate>
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