ドイツの挑戦
それらの違いは結局のところ、第一次世界大戦後の破滅的インフレを経験している西ドイツが、その歴史の教訓を生かし、いかなる妥協も許さない断固たる姿勢で臨んだのに対し、日本にはその経験も覚悟もなかった、その違いだという人もいます。
いずれにしても、通貨改革という最初の分岐点で、戦後の日本と西ドイツ経済の道は2つに分かれました。
その後2つの道はそれぞれどこへ続いていくのでしょうか。
次にそれを検証してみることにしましょう。
「統制の緩和はしない。全部撤廃するのだ」
・・・生産設備の戦争による破壊度の低さ、マーシャル・プランによる経済援助、通貨改革の成功西ドイツの経済復興のための条件は着々と整っていきました。
そしてそれをさらに確かなものにしたもう1つの要素がありました。
「市場経済」原則の導入です。
市場経済原則とは、あらゆる経済活動を完全な自由競争に委ねる経済政策で、自由経済原則とも呼ばれるものです。
これは、第二次大戦中の国家による厳しい経済統制をすべて撤廃することを意味していました。
この政策は、フライブルク学派とよばれる人々が主張したものでしたが、その頂点にいたのが、当時経済長官として経済政策の責任者の地位にあり、のちに首相となるエアハルトでした。